師匠の導き 8

「考えは考えしか生まない」


師匠は言っていた。


彼女は20代の頃、何も考えずに行動が先なタイプであり、そうとう無駄な動きが多かった。
無駄な動きが多かった。なにも顧みずに今思えば痛い思いもした。

当時は、痛いと思うことさえもなかった。痛いと思う前に次が始まっていたからだ。
あれこれ考える暇も、そしてそんな頭もなかった。

一つ一つ落ち込むこともないから、すべてが笑い飛ばせるジョークが増えた。

やりたいことはすべてやり、自分にとって必要なことだと思ったらどんなことでもやっていた。

誰かに相談する間もなく、もうすでに始まっているタイプで、無謀で損を損とも思わず、
それが例え自分にとって損なことだったとしても、それも一つの経験であり、誰かに役にたったと思えるある意味お幸せな人であった。


そんな彼女にいままでにない衝撃なタイプの人に出逢った。
歩き方も一つにしてもスマートで、動きも効率よく、話し方も落ち着きがあり、
賢くかっこよく、無駄な動きはまったくない。自信満々で冷静沈着であった。



どれだけ今まで頭を使ってこなかったか、、、
どれだけ無駄な動きが多かったか、、、
どれだけ体当たりであったか、、、


彼女は考え始めた。
どうしたらもっと効率よく、どうしたらもっとスマートに、どうしたらもっと慎重かつ賢く生きられるのだろうと、、
すこしは賢くならないと、少しは考えて行動しないと、少しは頭脳派に近づかないと。。

ない頭を駆使して、空回り、すべて逆の結果になるのは今考えれば当たり前。
歌を忘れたカナリアのように、笑いを忘れたアホウドリになっていた。


自分の得意は行動派であった、
それに頭脳も加える一つのきっかけにしかすぎなかったのだが、頭脳派になろうとしたのだ。
今思えば気づく、そのときは必至である。

一つ一つ必至になることは必要だが、ずーと笑えないときには、なにか必至すぎているのだ。
もっとフランクに、もっと楽しく。人生はそんなに難しい構造になっていない。
自分で難しくしているのだ。


頭脳と行動のバランスが必要なのだ。
頭脳が不得手ならば、得意な人に任せればよい。
行動が不得意ならば、得意な人に任せればよい。

人に任せられない人は、自分しか信じれない人かもしれない。

任せることが出来る人は、人を信頼することが出来る人。
信頼するのは、相手を信じ切ることでない。(人を信じ切る人は裏切られた―という発言になる)
信頼した相手、そして信頼した自分を信じ切ることだ。


彼女は、やりたがり、したがり、欲張りだった。
全部自分でできたらいいのだが、それはある意味欲張りである。
そう、彼女は欲張ったのだ。


欲張ったおかげで痛い思いもしたが、少しは考えることもできるようになったのは確かかもしれない。


ただ一旦考えることが身に付くと、今度はそれを消すことが難しくなる。
知らず知らずに考える癖がついていたのだ。

考えは考えしか生まない。
師匠の言葉は、そこにあった。


頭脳派は、いかにスマートに、いかに効率よく、いかにかっこよく。
それは、知らず知らずに自分を守る方向に成り得ることもあり、
それは、しっかりとした考えのもと行動が確固たるものにも成り得る。


行動派は、やりたいことはやる。やればわかる。
それは、ただ「やった」というだけに成り得ることもあり、
それは、しっかりと身に付く体感、発見、充実、次に繋がる糸口にも成り得る。


頭脳と行動がミックスされて経験値が深まるものであり、
頭脳と行動のバランスである。


どんなに頑張っても、どんなに必死になっても、
頭脳と行動、すべて100%とはいかない。
100%以上のものにするには、自分を信じ、相手を信じることである。


考えがあって行動があり、行動があって考えがある。
by atsu_at3 | 2015-04-04 05:00 | 物語
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